日記・コラム・つぶやき

2012年4月15日 (日)

夜桜 ♪YOI ! YOI !

_dsc9834 今年の桜、みんなさんはどうご覧になったことでしょう。今年は例年通り夜桜祭りも開催されました。沢山の人で賑わいました。

 この写真を撮っている傍では、 “♪はなのみ~や~こ~ぉぉの~”と曲が流れれば、司会の町会長さんは『今日はなんと皆さんご存知あの演歌歌手、〇〇さんが…』 ―てかっ、知らないし―、かと思えば『この方の所属はぁ…え~、事務所の名前難しいんですよ、まッいいかッ』―ッて、よくないし―、すると今度は『お子さんの迷子は困りますよぉ、夜が更けるとお父さんが迷子になっちゃいますけどね、ガハハハハハ』って ― 会場、シーン ― 、“ ♪~YOI ! YOI !~♪♪♪ ”

 平和が一番。 満開の桜のもと揺れる赤提灯に玉響の安らぎが宿る。

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2012年4月 4日 (水)

春麗らかなる小道をあゆむ

_dsc9293 列島にいよいよソメイヨシノが咲き出し、桜前線が北上してくる。4月にはいってようやく春が動きだしたようだ。ただ桜ばかりが“春”を彩る主役ではなさそうだ。列島が桜色に染まるのを待ちきれず、今や遅しと麗らかなる色彩が街のあちこちに放たれる。

 純白のドレスを纏うように可憐に花を連ねる雪柳、そして春の陽射に清純に輝く金色の菜の花、それらがいつもの小道に春色をあしらう。清浄明潔の馨(かおり)がたちこめる。

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2012年3月25日 (日)

今にも泣き出しそうな空の下で ~ オカメザクラ

_dsc9251_3 今にも泣き出しそうな空の下で淡いピンクの花を付けはじめた桜。まだ6分咲き位だろうか。河津、寒、寒緋…と咲いてこのオカメがはぜる。決して大きくはならないが、それ故に―はたまた気候のせい―だろうかどこか愛おしさを覚える。

 まだ残るにわかな寒さに冷雨が身にしみる時、いよいよ‘染井吉野’というタイミングで咲くオカメはあたかも大御所を誘う舞台への花道をひくかのようだ。適度な云わば正しい存在のおもさで。

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2012年3月11日 (日)

2011・3・11 あれから

 『紡ぐ』 ― 綿やまゆからその繊維を引き出し、よりをかけて糸にする。(旺文社国語辞典より)

 あれから一年、時間の経過を“やっと”と感じるか“もう”と感じるか、それは人それぞれの抱えるもの、おかれた境遇によって大きく左右されることと思います。いまだ行方を追えない方々にあっても3000人を越える状況、それだけでも現状の厳しさを物語っているかと思いますが、ただそれら数字だけでは筆舌し難き残された傷の深さ、その痛手は今もなお多くの人々の心中に大きくそして重く刻まれています。

 思い出すことなどない、なぜなら忘れた事がないから 

 この一年と言う時の経過の中で流れた計り知れなき沢山の涙は、多くは失われたものへの失意と悲哀に満ちた涙であったのかもしれません。ただ一方で大切なものに気付き得たことへの涙もまた…。失ったものは確かに多くあります。でも我々の中には得たものもまた決して少なくなかったのではと、そうあって欲しいと重ねて思うのです。

 絶望とは希望を失うことではない、足を前に踏み出す意志を失うことなのだと

 この時の中で人それぞれは様々な思いを胸に抱きつつここまで生きてきたのだと思います。復興とは何か、援助とは何か、社会とは何か、お金とは何か、心とは何か、善意とは何か、悪意とは何か、誇りとは何か、日常とは何か、非常とは何か、明日とは何か、今とは何か、生きるとは何か、死ぬとは何か、自分とは何か、他人“ひと”とは何か、居場所とは何か、絆とは何かと。苦悩と葛藤を介し自らの視点を己自身にそして世界に配せて来たのではないかと思うのです。

 あれから一年、そしてこれからも  今というこの時を、そして明日へと

 糸を紡ぐこと。そこには長年の培われた技術と心・根気が宿ります。より良き糸を紡ぐことは容易くはないはずです。 まさに“より”をかけるわけです。まだまだこれからです。様々な技術や沢山の心が必要です。 決して切れることの無い、それは気持ちの糸であり、絆の糸であり、より良い糸を紡いで生きたいと思うのです。『ぜってぇ負けない』ってみんなで誓ったあの時を忘れないように。

 

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2012年3月 7日 (水)

華やぐもたおやかに

_dsc8972 暫く続いた雨音も一休み。晴れ間が見え気温も上がり出すと、梅の蕾も一気に爆ぜる。雨上がりの少し湿気を帯びた空気に甘美な香りが忍び込み、辺りに立ち籠める。たおやかに春の近さを告げはやす。

 梅の品格。



_dsc9066

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2012年2月21日 (火)

幸せ考

_dsc8420 例えばそこが他愛も無いものだったとして、例えばそこが特別なものだったとして、例えばそこが…。もしそこに心地良さを、時に違和感を持たずにいられるのならばと。“居場所”、どこにでもあるものではない、でも必ずどこかにはと、求めるものが何であれ、それぞれの居場所。

 平均、平凡、平穏、それらを併せて“三平”、世の若き女性はそこに幸せの理想を描くという。とあるテレビ番組での話。それはそうとまだまだ寒い日は続きそう、何れこの時節あまり長居をしても風邪をひく、ゾッ。

 

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2012年2月 1日 (水)

足元の話

_dsc8338  『上を向いて生き、下を向いて暮らす』 ある方が好きな言葉の中に挙げていた。まったくその通りだなと。

 だからと言う事ではないが、ここ数日朝の寒い日が続くけれど、足元に目をやると雑草に氷が張っていた。よく見るとなかなか綺麗なもので、ちょっとしたアートだ。ささやかではあるが何となく気持ちも揚がった。そう、だからという事ではないのだけれど…。

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2012年1月24日 (火)

雪中に花と咲舞う白き夢  ~寒中見舞い~

_dsc7775 下世話な話だが、最近各紙紙面などで、“朝礼暮改”という字をよく目にする。“いま”を憂慮しての言葉だが、その昔、かつて鳩の殿方が、確か同じ意味合いで“朝三暮四”を説いて、失笑を買っていたのを思い出す。笑っているうちが華で、今となってはどちらにせよお寒い話だなと感じる今日この頃。ただ狙公の猿とてあながち間違ってはいないのかとも、何気に。“暮の四つ”に確約など無いわけだから…。

 そんな寒さ募る昨今、雪だって降る時節に凛と咲く花。春を告げる花とも言われる『雪中花』いわゆる“水仙”が山肌に咲き誇る。その美しさ故に『ナルシスト』の由来ともなり、また希望をも意味する。ただ花言葉は《思い出》だとか。朝、暮がどうであれ、いずれ春は来る。どう迎えるかは自分次第と咲き誇る。

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2012年1月 6日 (金)

迎春 2012年

_dsc8066 
 『明けましておめでとう』、『謹賀新年』、『慶春』、『賀正』等色々祝いの言葉はあるけれど… 2012年を迎えることとなりました。これほど“春”を待ち遠しく、そして複雑な思いで迎えた年も無かったかもしれません。万感の思いで何か一つ大きな区切り、節目を欲していたのもまたそうだと思います。希望に満ちた未来を信じて新たな一歩をと。

 無事年を越しここまで乗り切ってこれた人達みんなにとって、2012年今年が良い事が沢山ある年でありますように。

 そして先ずは初日の出に初キラキラ!!!  本年も一年間宜しくお願いいたします。 

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2011年12月28日 (水)

海中の子猫は…

0001_6  水温16℃、いよいよ海の中にも冬の足音がしっかりと響きだしています。

 それを告げるかの如く毎年この時期には姿を見せるこん子、ネコザメの赤ちゃん。ひっそりと岩陰に身を隠し、こちらの様子を覗っているかのような鋭くも見える瞳はまるで猫の目、といったことから『ネコザメ』。海中の子猫ちゃんは冬を告げる使者なのです。

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